退職金の受け取り方を選ぶ書類を前にしたら、あなたは何を物差しにして決めるでしょうか。まとめて受け取れば安心に思えますし、少しずつ受け取れば長く支えになる気もします。どちらの感覚にも理由があるので、気持ちだけでは決めにくいところです。
私たち夫婦は、この問いに税の計算から近づいてみました。夫は地方銀行の融資担当から企業の経理に移ったこともあり、迷ったときは数字を式に置き換えています。ここでは、私たちの試算と途中でつまずいた点、そのあとに整理した考え方を順に書いていきます。
受け取りの日、どんな選び方が並ぶ?
退職金や企業年金は、一時金として一括で受け取る形と、年金として分割で受け取る形の2つがあり、会社によってはどちらかを選べる場合があります。iDeCoの場合は、この2つに加えて、一部を一時金、残りを年金として受け取る併用という形も選べます。
受け取りの形によって、税の扱いも変わります。iDeCo公式サイトでは、年金として受け取る場合は「公的年金等控除」、一時金の場合は「退職所得控除」の対象になると説明されています。そこで私たちはまず、二つの控除を使うと所得がどこまで小さくなるかを並べてみました。
一時金で受け取ると、所得はいくらになる?
試算の条件は、夫の勤続年数30年、退職金2,000万円、65歳からの公的年金が年200万円です。いずれも仮に置いた数字で、運用による増減は考えていません。
国税庁のページでは、退職所得控除額は勤続20年以下なら「40万円×勤続年数」、20年を超えると「800万円+70万円×(勤続年数−20年)」とされています。1年未満の端数は1年に切り上げ、計算した額が80万円未満なら80万円です。勤続30年で計算すると、控除額は1,500万円になりました。
退職所得の金額は、収入金額から控除額を引き、その残りを2分の1にしたものです。2,000万円から1,500万円を引いて半分にすると、250万円でした。受け取るときに申告書を出していれば、支払時の源泉徴収で完結し、原則として確定申告は要りません。申告書を出していない場合は一律20.42%が源泉徴収され、確定申告で精算します。
分割で受け取ると、毎年の所得はどう見える?
次に、同じ2,000万円を10年に分けて、年200万円ずつ受け取る形を考えました。年金として分割で受け取るお金は「公的年金等に係る雑所得」です。所得は、年齢とほかの所得の区分に応じた速算表で計算します。
国税庁の「高齢者と税(年金と税)」の速算表では、65歳以上の場合、収入110万円以下の雑所得は0円です。110万円超330万円以下は「収入金額−110万円」で計算します。年200万円だけを当てはめると、雑所得は90万円です。一時金の250万円より小さく見えたので、食卓では「分割のほうが軽いのかもしれない」と話していました。
公的年金と重なったとき、何が変わった?
私たちがつまずいた点は二つあります。一つ目は、一時金は一度きりの所得なのに、分割のほうは1年分しか見ていなかったことです。10年続けば、雑所得も毎年発生します。
二つ目は、公的年金も同じ「公的年金等」に含まれることを見落としていた点です。公的年金200万円と分割分200万円を合わせると、年金収入は400万円になります。すると、速算表では「330万円超410万円以下」の区分に移ります。この区分の式は「収入金額×0.75−27.5万円」で、65歳未満と同じです。
| 項目 | 年間の収入 | 雑所得の金額 |
|---|---|---|
| 公的年金だけ | 200万円 | 90万円 |
| 公的年金+分割分 | 400万円 | 272.5万円 |
| 分割分で増えた雑所得 | 200万円 | 182.5万円 |
分割分だけを見たときの雑所得は90万円でした。公的年金と合わせて見ると、雑所得は1年で182.5万円増え、10年分では1,825万円になります。一時金の250万円と並べると、印象はかなり変わりました。ただし、ここで比べているのは控除を引いたあとの所得の大きさで、税額そのものではありません。
iDeCoの一時金も重なると、どこを見る?
私たちは夫婦ともiDeCoに加入しているので、この点も気になりました。国税庁の「退職所得となるもの」には、確定拠出年金の老齢給付金を一時金で受け取る場合も退職手当等とみなされると書かれています。そのため、会社の退職金と同じように退職所得控除を使う場面が出てきます。
両方を受け取るときは、勤続期間などの重なりを調整する仕組みがあります。令和7年度税制改正の大綱では、老齢一時金について、調整の対象になる期間が「前年以前4年内」から「前年以前9年内」に広がりました。令和8年1月1日以後に老齢一時金を受け取る場合から適用されます。また、iDeCoは通算加入者等期間が10年未満だと、受給開始が60歳より遅くなります(8年以上なら61歳、6年以上なら62歳)。受け取る順番と時期は、以前より丁寧に並べて確かめることにしました。
10年後の自分に、どの形で手渡す?
試算とつまずきを経て、私たちは「どちらが得か」を一つの答えに決めないことにしました。代わりに、次の三つを順に確かめる考え方に落ち着いています。
- 勤続年数を当てはめると、退職所得控除で所得がどこまで小さくなるか
- 公的年金と合わせた年金収入が、速算表のどの区分に入るか
- iDeCoなどの一時金と会社の退職金を受け取る時期が、9年の範囲で重ならないか
勤続年数が長いほど、一時金の控除は大きくなります。反対に、公的年金が多いほど、分割分は上の区分に入りやすくなります。iDeCoには併用という形もあるので、そこだけは二択ではなく、一時金と分割の割合で考える余地もあります。退職金の見込み額は控除額と1/2の式で退職金を試算した記事で、公的年金の見込み額はねんきん定期便から見込み額を確かめる手順で、それぞれ詳しく扱っています。
まずは、会社の退職金規程で年金払いを選べるかどうかを確かめてみてください。そのうえで、端数を切り上げた勤続年数を控除額の式に一度だけ当てはめてみませんか。受け取り方を選ぶ日までに、手元の数字を一つずつ増やしていきましょう。