毎年1月、私たちは食卓で老後資金の目標額を見直しています。新しい年のカレンダーを掛け替えたあと、去年の数字の横に今年の数字を書き足します。すると、目標までの残りの年数が一つ減っていることに、あらためて気づかされます。年を重ねるほど、この「一つ減る」が重く感じられるのかもしれません。去年は気にならなかった一年が、今年はやけに重く感じられることもあります。

50代に入ると、短くなった時間を取り戻したくて、短い期間で成果が出そうな取引を調べ始める方もいると思います。私たちも、数年後の自分たちが同じ気持ちになったらと考え、信用取引の仕組みや税金の扱いを数字で確かめてみました。ここでは、その試算と、途中でつまずいた点、そこから整理した考え方をお伝えします。

30万円を差し入れると、いくら分の取引になる?

最初に確かめたのは、信用取引で必要になる委託保証金です。信用取引の保証金に関する内閣府令では、委託保証金は約定価額の30%以上、最低金額は30万円と定められています。自己資金より大きな金額を動かせる分、損失も大きくなりやすい仕組みです。

ここからは、私たちが置いた仮の数字で考えます。手元の30万円を、ちょうど約定価額の30%にあたる保証金として差し入れると、建てられる取引の金額は1,000,000円になります。同じ30万円で現物の株を買う場合と比べると、動かしている金額は3倍を超えます。

15%値下がりしたら、手元の資金はどれだけ減る?

次に、買った銘柄の値段が15%下がった場面を考えました。手数料や金利は入れず、値下がり分をそのまま損失とする単純な計算です。

15%値下がりしたときの損失額(自己資金30万円の仮の試算) 15%値下がりしたときの損失額(自己資金30万円の仮の試算) 単位:円 0 50,000 100,000 150,000 200,000 現物で30万円分を買った場合 信用取引で100万円分を建てた場合 45,000 150,000

15%値下がりしたときの損失額(自己資金30万円の仮の試算)(単位:円)
項目 損失額
現物で30万円分を買った場合 45,000
信用取引で100万円分を建てた場合 150,000
出典:金融商品取引法第百六十一条の二に規定する取引及びその保証金に関する内閣府令(日本法令外国語訳データベースシステム)
15%値下がりしたときの損失(手数料・金利を除いた試算)
買い方 自己資金 取引金額 損失額
現物で買った場合 30万円 30万円 45,000円
信用取引で建てた場合 30万円 1,000,000円 150,000円

現物なら、損失は自己資金の15%にとどまります。一方で信用取引では、同じ値動きで自己資金の50%が失われます。値下がりの幅は同じでも、家計に響く大きさがまるで違うことが、表にしてみるとはっきりしました。

追証の期限は、どの証券会社でも同じ?

私たちが最初につまずいたのは、「追証(追加保証金)」の決まりを一つの数字で覚えようとしたことです。調べていくと、最低維持率や解消の期限、解消後の条件は証券会社ごとに定められていました。

たとえばSBIネオトレード証券の説明では、大引け時点の委託保証金率が20%未満になると追証が発生し、翌々営業日の12時までに入金か建玉の決済で解消しないと強制決済されるとあります。三菱UFJ eスマート証券も最低維持率は20%で、下回った日から2営業日後の正午までに解消する必要があります。東海東京証券では、発生日を含めて2営業日目の17時までに解消が必要で、解消後も維持率33%以上に戻るまでは新規建てや保証金の出金ができないとされています。

先ほどの試算に当てはめてみます。評価損をそのまま保証金から引く単純な見方をすると、15%の値下がりで保証金は150,000円、取引金額に対する割合は15%です。20%を基準にしている会社であれば、この例では数日のうちに現金を用意するか、損失を確定させるかを決めることになります。値下がりしてから考えられる時間が、思っていたよりずっと短いと感じました。追証の連絡を受けてから慌てて資金を用意するのではなく、始める前に期限と用意できる金額を確かめておく必要があると、私たちは受け止めています。

利益や損失は、税金の上でどう扱われる?

二つ目のつまずきは税金です。国税庁の説明では、上場株式等の売却益は給与などと分けて課税される申告分離課税の対象で、税率は所得税15%・住民税5%・復興特別所得税0.315%を合わせた20.315%です。仮に売却益が10万円なら、税金は20,315円、手元に残るのは79,685円になります。利益の見込みを立てるときは、税引き前の数字だけを見ないようにしたいところです。

さらに私たちが見落としかけたのが、NISA口座の扱いです。国税庁のNISA制度のページでは、成長投資枠を含むNISA口座で出た売却損は税務上ないものとみなされ、特定口座や一般口座の利益と損益通算できず、翌年以降に繰り越すこともできないとされています。非課税なら短い売買にも使いやすそうだと考えていると、損失が出たときの扱いを見落としてしまいます。

残りの年数が限られるとき、何を先に守る?

数字を並べてみて、私たちの考えは少しずつ整理されていきました。老後資金の計画は、もともと時間を軸に組み立てられています。金融審議会市場ワーキング・グループ報告書(2019年6月3日公表)を読み解いた記事によると、報告書では夫65歳以上・妻60歳以上の無職世帯の毎月の赤字を約5.5万円とし、95歳まで生きる前提で30年間の取り崩し額を約2000万円と試算しています。前提を変えた別の試算では約1200万円です。準備するお金は「何年分の暮らしを支えるか」で決まる、ということがわかります。

その時間が短くなっていく50代では、短期取引で大きく減ったとき、取り戻すための年数も短くなります。働いて増やせる年数にも限りがあるぶん、一度の値下がりが老後資金の計画全体に響きやすくなります。私たちは2020年3月に積立を止めかけて、夫婦で言い合いになりました。値動きに気持ちが揺れているときに落ち着いて判断する難しさは、あの月に身をもって知りました。追証の期限が数日しかない取引なら、その揺れの中で判断を急ぐことになります。

金融庁も注意喚起のページで、レバレッジ型・インバース型ETF、バイナリーオプション、FX取引などについて、個人投資家に特性とリスクの理解を促しています。そのうえで、私たちが自分たちのために整理した考え方は次の三つです。

  • 取引に使うお金と、老後のために積み立てるお金を、口座も目的も分けて考える
  • 自己資金に対して、どれだけの金額を動かすことになるかを先に計算する
  • 追証の期限と、期限までに用意できる現金の額を、取引を始める前に確かめる

これは私たちの家計に合わせて引いた線で、同じ線をあなたに引いてほしいという意味ではありません。積立と短期取引の違いを基本から見直したいときは積立投資と短期取引の違いを整理した記事、差し入れる額と動かす額の差をもう一度数字で追いたいときは余剰資金で短期取引を考える前の基本をまとめた記事も、考える材料になると思います。

取引の画面を開く前に、紙に何を書いておく?

リスクを知ることは、短期取引から距離を置く理由にも、慎重に始める理由にもなります。どちらを選ぶかは、あなたの家計と残りの年数しだいです。

もし取引の画面を開く日が来たら、その前に一枚の紙を用意して、「このお金は何年後に使うお金か」と「保証金の割合が基準を下回ったら、何日までにいくら用意できるか」の二行だけを書き出してみてください。その二行がすらすら埋まるかどうかで、今の自分と短期取引とのちょうどよい距離が、少し見えてくるかもしれません。